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蟹料理の先駆者として「間人によ志のやあり」と謳われた料理は、間人ガニ(たいざがに)のみならず、肉、魚、米、野菜、天然水にいたるまで選び抜かれた丹後の旬の食材と料理人の感性が織りなす一期一会の味の芸術。2008年に「京都の名工」に認定された先代・福山勝彦の技と心を受け継ぐ珠玉の料理が、間人(たいざ)の忘れがたい情緒と日本料理の粋を映しだします。



昭恋館 よ志のやの料理に対するこだわりは、先代である福山勝彦のそれを受け継いでいます。当時カニは現在のように食べ方のバリエーションはあまり多くありませんでした。とにかく新鮮な間人のカニを食べていただきたい。その気持ちとこだわりが、2007年5月、京都新聞“人”欄で、「丹後で初めてカニ料理のフルコースを考案」とご紹介頂きました。現在、先代は冬には野間から出てきて、伝統の味が守られているか厳しく見守っています。
【2009年1月23日(金) 毎日新聞より】
「府の現代の名工」福山勝彦
京丹後の料理旅館2代目経営者
「京都府の現代の名工」に京丹後市からカニ調理の福山勝彦(76)が選ばれた。 丹後地方で名高い間人(たいざ)ガニのフルコースを考え出し、サバ節などを使ってカニのうまみを最高に引き出す絶妙なだしを作り出した。 長年にわたって調理講習会地元で開催。 料理、仲買人とともに間人ガニのブランドを確立する原動力になったことが評価された。
福山は同市丹後町間人の料理旅館「昭恋館 よ志のや」の2代目の経営者。 小学校3年生の時に創業者の父が亡くなり、祖父らが力を合わせて経営を切り盛りしてきたという。
峰山高校を卒業し、京都の料理店で修行した。 間人ガニの漁場は丹後半島40キロにあり、日帰り操業ができて鮮度が抜群。 カニ本来のうま味を引き出すためだけのだしを作り出そうと思い立った。59年ごろから1年間かけて、 さまざまな試みを繰り返し、サバ節など6種類の削り節を使っただしを作り出した。
さらに、それまでは捨てていた甲羅を使い、茶碗蒸しのようにカニやエビなどを蒸す「甲羅蒸し」を考案。 カニの刺身のうま味を引き出すために瞬間冷凍などさまざまなアイデアを生み出した。こうした成果を地域に伝える調理講習会を長年開催。 地域を挙げて間人ガニのブランド化を確立するために貢献した。
厳しく選別されるため「幻のカニ」ともいわれる間人ガニの人気は高いが、経済不況の大波は丹後の地にも押し寄せている。 福山は「間人ガニの味を生かす。これしかない。まじめに商売を続ければどんな時勢になっても生き残ることができると思います」と話していた。